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1)BMW
BMWは、2001年に世界で初めて、電子制御インジェクション(燃料噴射)と、クローズドループ電子制御式三元キャタライザーシステム(触媒排ガス浄化装置)を標準装備した短気筒モデル、F650GSを発表した。 三元触媒とは、排ガスに含まれる3大有害物質、一酸化炭素(CO)・炭化水素(HC)・窒素酸化物(NOx)を、 同時に酸化・還元して除去するという、ガソリン・エンジン車の排ガス浄化装置としては、現在最も一般的なシステムである。 BMWは、この装置を、世界で始めて自社のバイク、BMW Motorrad(モトラッド)短気筒モデルに採用したのである。 三元触媒は、一酸化炭素と炭化水素を酸化し、二酸化炭素と水蒸気に変える。窒素酸化物は還元し、窒素と酸素に変えるものである。この場合、排ガス中の炭素・水素・酸素の量のバランスがとれていないと機能しない。燃料供給量を瞬時に演算できる電子制御技術があって初めて実現可能なシステムである。 三元触媒は、現代の厳しい排ガス規制に適応するためのシステムなのである。
2)CPI
CPIは、台湾のメーカーである。2輪車のほか、ATV(全地形対応車、いわゆるバギー)を生産している。CPIという名前は、Collaboration、Professionalism、Innovationのそれぞれの頭文字をつなげてつけられた。
台湾のみならず、それ以外の国にも積極的に進出している。たとえば、中国、インドネシア、ベトナム、アメリカ、ヨーロッパなどに工場やオフィスを置き、バイクの生産・販売・輸出にあたっている。
品質の高さについても定評があり、バイクやバギーのデザインおよび製造に関し、ISO9001を取得している。
生産しているバイクの種類は、スクーター、エンデューロなど。排気量は、50ccのものから250ccまである。
以前、日本代理店業務を行っていた会社があったが、2004年に業務から撤退。そのため、一時は車両本体やパーツなどの入手が非常に難しく、自分で情報収集を行って対応するしかなかった。一部のパーツについては、国産スクーターのパーツの流用が可能なものもあり、そのようにして対応していたユーザーもいる。
しかし、2008年現在は、株式会社トレスネットが輸入・販売業務に携わっている。最新の製品ラインナップや取扱店などは、トレスネットのサイトから調べることができるようになる予定である。
CPIは、日本に製品を輸出するにあたり、モデルを日本仕様に変更している。
日本には、世界的なバイクメーカーがいくつもあり、そのため、ユーザーのバイクを見る目は厳しい。そのユーザーの求める品質に応えられるよう、細部のスペックを調整している。さらに、欧州仕様車では生産拠点を中国においているのに対し、日本仕様車では、その生産拠点は台湾に変更されている。
3)KTM
KTMは、オーストリアにあるバイクメーカーである。本社が置かれているのは、マッティングホーフェン。KTMという社名は、創業者であるクローノライフ氏とトゥルンケンポルツ氏、そしてこのマッティングホーフェンの頭文字からとられている。
創業は1953年。テュルケンポルツ氏を中心に、1日3台のバイク製作からスタートした。現在は、年間で8万台以上を販売する、ヨーロッパ第2位のバイクメーカーに成長している。オーストリアやドイツ、フランス、スペインなどのヨーロッパ諸国はもちろんのこと、北米などでも販売されており、販売子会社は世界12カ国以上にある。
サスペンションメーカーのホワイトパワー(WP)、スウェーデンのバイクメーカーのフサベルを傘下に収めていることでも知られている。
1953年に設立され、1955年にはロードレースに初参戦。1970年には自社開発エンジンの製造を始め、1974年にはモトクロス世界選手権で初めてチャンピオンを獲得するなど、オフロードバイクの世界で実績を積んできた。
しかし、1991年にKTM Motorfahrzeugbau AGが倒産。翌年、スポーツバイクに重点を置き、KTM Sportmotorcycle-AGとして再スタートを果たす。
その後、1994年に世界チャンピオンを獲得。2000年には、オフロードバイクの8つの世界タイトルのうち、6つを獲得した。
オンロードバイクの分野では、ロードレースプロジェクトを2003年に再スタートさせ、GP125に参戦。翌2004年にはマレーシアGPで初勝利を飾り、さらに2005年にはMotoGP250ccクラスに参戦。2006年には同クラスで初優勝をとげ、オンロードバイクでも実績を積みつつある。
KTMの日本の現地法人であるKTMジャパンのサイトには、正規ディーラーネットワークとして、以下のような店舗が挙げられている。
まずは、KTMオレンジショップと呼ばれるショップ。
これは、KTMのオフィシャルデザインを使うKTM専門店である。KLMのモデルはもちろんのこと、アフターパーツなどの小物類も取り扱っている。KTM専用メカニックもおり、アフターサービスを受けやすい。2008年現在、ORANGE SHOPは、東京のお台場、世田谷、そしてさいたまの3か所にある。
次に、KTMマルチショップと呼ばれるショップ。
これは、KTMの全モデルを扱う正規ディーラーである。アフターサービス担当者は、KTMアフターセールストレーニングを受けている。2008年現在、日本全国に21店舗ある。
最後に、KTMコーナーショップと呼ばれるショップ。
これは、KTMのモトクロスやスーパーモタードのモデルを中心として扱っているショップである。LC8エンジンやLC4(単気筒)エンジンを搭載したモデルは取扱いはないが、アフターサービスに関しては、これらのモデルも扱える環境になっている。2008年現在、4店舗がある。
4)スズキ
スズキは、1985年発表の「GSX-R750」に、初めて油冷DOHC4バルブ直列4気筒エンジンを搭載した。
「油冷」とは、英語では「AIR/OIL COOLED(空油冷)」と表記され、空冷エンジンの派生だとされている。
油冷は、エンジン冷却媒体に潤滑油を利用することで、独立した冷却系統を持たないシンプルな構造となっている。エンジンオイルを通常の潤滑経路とは別に、独立した冷却経路に流して冷却効率を高めるというもので、理論的には、同じクラスの水冷エンジンよりも、コンパクトな設計にすることができる。
油冷エンジンは、レースで勝ち残るために、徹底的に軽量・高性能を求めた結果考え出されたもので、その結果、1985年の全日本ロードレースTTF-1クラスで辻本聡がチャンピオンを獲得、AMAスーパーバイクでも、ケビン・シュワンツが1986年シーズンから油冷GSX750Eを駆り、この年3勝をあげた。
その後もスズキ油冷エンジンは、デイトナや耐久レースで活躍したが、1990年代前半にパワー競争が激化し、油冷エンジンは水冷エンジンへと移行されることとなる。
油冷は、市販車でも、「GSX-R」シリーズのスーパースポーツバイクや、「バンディット」などのスポーツバイクに搭載されたが、「バンディット1200」は2006年9月発売の「油冷ファイナルエディション」をもって水冷エンジンに移行、2008年には「GSX1400」も、最終モデル「GSX1400スペシャルエディション」が登場して姿を消すこととなる。
2007年(平成19年)、スズキはモータースポーツで華々しい活躍をとげた。
7月に鈴鹿サーキットで開催された第30回鈴鹿8時間耐久ロードレースは、ヨシムラスズキwithJOMO34の加賀山就臣/秋吉耕佑組が優勝し、ホンダ勢の11連勝を阻止した。
加賀山就臣/秋吉耕佑組は、予選3番手からスタートし、スタートライダーの加賀山がホールショットを奪うと、秋吉に交代してからも、後続を引き離し、一度もトップを譲ることなくチェッカーをうけた。しかも、残り1時間の時点で2番手をパスし、全車周回遅れにするという、完璧な勝利であった。
スズキのマシンが鈴鹿8時間耐久ロードレースで勝利するのは、1983年(昭和58年)のエルブ・モアノー/リカルド・ユービン組以来、実に24年ぶりで、ヨシムラとしても、1980年(昭和55年)のウェス・クーリー/グレーム・クロスビー組以来、27年ぶりの勝利となった。
また、MFJ全日本ロードレースでも、JSB1000クラスでヨシムラスズキの渡辺篤がチャンピオンを獲得した。
世界では、FIM世界モトクロス選手権MX1クラスで、スティーブ・ラモン選手がチャンピオンを獲得した。ケビン・ストライボス選手もランキング2位となり、スズキ勢でランキング1-2を独占し、スズキは世界選手権モトクロスでマニュファクチャラータイトルも獲得した。
5)LML
インドのモーターサイクルの製造メーカー“LML”は、もともと、1972年に紡績機械を作る、工作機械製造会社として誕生した。その後、フランスと技術提携することにより、1978年から合成紡績の製造をスタート。さらに、1980年代から1990年代にかけ、イタリアのピアジオ社と技術提携し、Vespa PXシリーズの製造を開始する。当時、インドではパジャジ・オートが、バイク市場を一手に握っていたなか、インド国内、アジア向けに、ライセンス生産を続けていた。だが、1999年にピアジオとの提携を解消することにより、ピアジオ、べスパのブランド名を使用することができなくなった。しかし、技術力を生かし、スクーターを作り続け、輸出国ごとに違う名前で売り出すという方法をとっている。一時期は、インドにも押し寄せた、モータリゼーションの波に乗ろうと、モーターサイクルを製造していたが、現在は、ハンドチェンジ式のスクーターを専門としている。市場はインド国内のみではない。輸出先は、アフリカ、アジアにとどまらず、ヨーロッパ、もちろん日本にも重点を置いている。
6)MBK
1937年に「モトベカン」というオートバイメーカーとして創業。「モトベカン」はフランスで人気のスクーター「モペット」を中心に製造を行っていた。この「モペット」は、ヨーロッパ各地で人気となり、現在も製造が続けられている。 1960年代に、オートバイ技術をベースに自転車の製造に乗り出した。その結果、自転車の製造においても高性能、高品質の製品を製造しているとして、定評を得る。 その後1984年に「モトベカン」というブランドネームを「MBK」と変更。 同じ年に日本のヤマハ発動機株式会社傘下の、フランスの現地関連会社となるが、「モペット」と「自転車」の製造はその後も続けられた。 「MBK」は現在までの20年以上の間、自転車レースにも力を入れている。ADR、ファゴール、ロット、シャザル、コンフィディス、サンカンタン・オクトスなどのプロチームのサポートをしている。 2007年にヤマハから営業譲渡され「自転車部門」が独立し、新たな「MBK」として多くのプロチームのサポートと、自転車製造メーカーとして高品質、高性能の製品の製造を続けている。
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